ピンポイント

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3日前の話になりますが、6月19日は何の日でしょう?
一般には、別に何の日でもないですが・・・。
福岡では非常に重要な日です。
第2次世界大戦末期、昭和20年の6月19日に
福岡は米軍の空襲を受けました。
まぁ今更、この空襲で何名が亡くなったか、どのくらい悲惨だったか
書くつもりはありません。
そんな中、非常に興味深いことを聞きました。
博多区土居町(旧名)にある飲み屋さんの大将の話。
湾岸戦争やNATOのユーゴ空爆などで欧米の軍隊がこれみよがしに
アピールする「ピンポイント爆撃」。
実はそれは昭和20年にも実在した!と、力説していた。 なぜか?
もちろん、当時の空爆はミサイルを飛ばすのではなく、
爆弾を落とす絨毯爆撃。上からポイポイ落とせばいいだけ。
とは言うものの、高速の飛行機の上から自由落下させるのだから、
3次元の物理を理解していないと、きちんとした地点に爆弾を命中させることはできない。
で、米軍は福岡の地図を見て、どこを焼き払うかを細かく考えて爆撃していたわけ。
攻撃対象を絞るなら話はわかるが、どうもそうではなく「非対象」を考えていたみたい。
なんでそれがわかったか?そのオイシャンが、焼け野原で育ち、実際に攻撃を受けたところと
受けていないところを毎日駆けずり回っていたから。実体験みたいなもの。
つまり今福岡では「焼け残り」と呼ばれる地区があり、
その地区を、米軍が意図的に攻撃対象から外したということだからびっくり。
これってかなり根拠のある話らしい・・・。
さて、では「焼け残り」とは福岡市内においてどこなんでしょう?
福岡には大博通り(たいはくどおり)と呼ばれる北西~南東を結ぶ幹線道路があります。
両端は博多港と博多駅。この幹線道路の東側一体が「焼け残り」です。
ここには何があると思いますか?
それは「神社仏閣」なんです。
本興寺・善導寺・入定寺・西光寺・幻住庵・護聖院・瑞応庵・聖福寺・東長寺・承天寺・・・・ 
挙げだすときりがないなぁ。
博多祇園山笠が通る旧東町筋沿いにずらりと軒を連ねる(という言い方がふさわしいかな?)。
これらのお寺さんや、昔の町並みは今も残っています。主に山笠の東流の地区。
確かに空爆先の対象から京都を外したという話は、史実として残っている。
でも東京の下町は、みんな燃えちゃったもんなぁ。う~ん。
「燃やす価値もない」と思われたのかなぁ・・・。
この町並みが今も残っているのは、米軍の温情なのか!?
こればっかしは、ぜんぜんわからない。調べてみたかった。ドキュメンタリーなんかを作りながら。
残念じゃ。誰か真意を調べておくれ。


もうすぐ山笠が動き出す。
博多の古い町並みに山笠が失踪・・・じゃない疾走します。
山笠は7月15日だけが注目されがちですが、正式にはお祭は既に始まっています。
実に1ヶ月半がお祭期間と当て込まれる博多の町。
これって、バカンスを平気で1ヶ月近くとる、ヨーロッパの連中と
結構シンパシィ感じる習慣だよなぁ。

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