放送局裏話

ラジオは何故面白くないのか?(9)

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少し前に社内で取りまとめていた、「ラジオがどうしたら良くなるか?」的アンケート。
どうやら集計やら意見立案が終わったらしく、その書面を覗き見してしまった。

で、読んでみると。
当たり前の話が多かったわけで。もっと言うと以前から実践しておきながら
ぜんぜんその重要性を上が気付かずに、ほったらかしにされてたネタばかり。
くだらないアドリブで時間を埋めるくらいなら、天気予報や時刻告知をしろ。とか。
内輪ウケな話題より情報を。とか。
ステーションコールを実施して、局誤認を防げ。とか

まぁこんなこと主張したところで、送り出す側の根底に問題意識がないと、
結局は「棒読み」になったり、「無機質」になったりするもんだ。
「やらされている」感って、言葉を通じてすぐに出てくるもんでして。

「生CM」なんか、その典型。お客様から料金をもらって放送しているのに
どこか「してやってる」感がある。「読んでやっている」感。
「読む」んじゃなくて「伝える」ことが本当は大事なんだけどね。
この違いがわからんやつはラジオでしゃべっちゃいかん。

まぁそんな、「今更」話をしているときに偶然ながら自社のラジオを聴いた。
ちょうど仕事で車にて移動をしているときに、流れていただけに。
別に聞きたかったわけでもないけど。。。

で、なんかいわゆる「懐かしいアニメソング」系の話をしていた。
パーソナリティがそのアニメや曲の背景を紹介。
恐らくディレクターあたりがこしらえた、手元の資料を読んでいる感があり。
読んでいるのは三十路前後の男女。
このトークを聴きながら、終始ものすごい違和感を感じていた。
違和感を感じるということは、聞きにくいということ。
送り手もしゃべり手も、その違和感を感じずに、垂れ流し続けるそのセンスを
思いっきり疑ったのです。さて、その違和感とは。。。

「当時」の話をするのに、「元号」ではなく「西暦」で話していたこと。
歴史の話ならば、暗記した記憶もあり「西暦」で物事話しがちです。
ところが。

自分が生きていて、かつての懐かしさを語るとき、恐らくほとんどの人が
「昭和○年」と言うはずです。
ちなみに僕が小学校1年生のときは昭和52年。1977年とは言わない。
わかってはいるものの、トークで出やすい言葉であり、聴いてピンときやすいのは元号。

「○年から○年に放送」という話をする際に、
「せんきゅうひゃくななじゅうよねん から せんきゅうひゃくななじゅうごねん まで」と、「せんきゅうひゃく」を連呼されると、非常に聞きづらい。
「昭和の49年から50年にかけて」の方がしっくりきませんか?
僕の独りよがりならば、そこまでですが。
僕が番組の責任者だったら、こんなセンスのない喋りを、決して許しはしないと思うが。
聴きやすさ、違和感のなさ、ってもっとも大切なセンスじゃないかな?

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コメント

  1. より:

    先日、この写真についてコメントしたのですが、消されてしまったようです。
    なぜでしょうか?

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