放送局裏話

ラジオは何故面白くないのか?(10)

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最近、また別の関係者から、このブログを読んでいると声をかけられた。
これまたラジオ関係者である。フリーランスですけど。
とあるところからのリンクで、読んでいるとのこと。
ありがたいお話です。こげな拙い文章を読むのに時間を割いてくださるなんて。。。。

で、最近書いていなかったラジオのお話。書いてなかったというか
本当は毎度毎度言いたいことは山のようにあるのですが、
他に考えることもいろいろあったので、サボっておりました。ごめんなさい。
さて。今回ラジオのことを再び書こうと思ったのには、またとある方からの指摘が発端です。
「最近のラジオのしゃべり手ってさぁ、『笑い声』でトークをごまかしてないか?」

これだ。

結論から言えば「大正解」です。毎度毎度この手の指摘を受けるたびに思うけど
リスナーである一般の方々の方が、しゃべり手よりも上手ですよね。考え方が。
こんなことを聞いている側に指摘されるということは、それだけ「言葉」が電波に載っていない
ということに他なりません。

往年のパーソナリティがトークする。ボケ的な話が多い。
そこにいる若い男性や女性。ゲラゲラ笑い出す。笑うことがラジオで大事だと思っているのか?
あるいは、その行動をディレクター陣から指摘すらされないか、そこにどんな問題があるか
わかっていないのか?

まさに「勘違い」か「考えなし」の典型である。
かつて僕が現場にいた頃。
似たようなことがあった。中継に出ているレポーターがインタビューをし、それを受けて笑っている。
なんで?

「あなたの仕事は『笑う』こと?それともリスナーを『笑わせる』こと?」

どっちなんか?
結論は火を見るより明らかである。
『笑う』っちゅう動作は『リアクション』であり、そのリアクションをするのはリスナーの特権である。
つまり情報や癒し、エンタテイメントの提供者である、彼らしゃべり手がその空間を考えなしな笑いで
自己完結してしまっては、顧客満足につながらんのですよ。
だって、他人だけが盛り上がっているカラオケボックスを窓の向こうから見てて楽しい?
楽しくないでしょ。何だよ、内輪受けじゃん。そう思うでしょ。それをわざわざ時間割いて見る?聞く?
しないでしょ。そんなこと。
「ラジオは双方向の媒体」とお題目を述べるんなら、この基本的な原則を貫かんといかんやろ。
っていうか、そのくらい日頃から考えて放送せいや。聞いているだけで最近腹が立つとです。

ちなみに。
この話をしていると、別の質問を同業者からもらった。
「いわゆる『ネタ』モノの企画、(リスナーからの投稿ですね。)これを紹介しながら、
パーソナリティが笑ってはいかんのですか?」
と。
結論「いかんくさ。そのくらい考えろ。」。
とにかく「完結」=終了なんよね。
「完結」=「笑うこと」なんよ。
パーソナリティの「笑い」は、これ即ち『負け』なんよ。しゃべり手としての。
無理やり「笑い」をこらえながらも、何かしゃべって、さらにボケる。
そのボケにリスナーがラジオの向こうで、さらに笑う。だからまた投稿したくなる。
そのボケスパイラルこそ、バラエティラジオの醍醐味。
ゆえに「マシンガントーク」と揶揄されるまでの、しゃべりの方が結果的に評価を受ける。
投稿するリスナー(かつてのはがき職人)たちの本当の楽しさは、「次こそ笑わせてやる」的な
チャレンジャー精神がより面白いものを造ってきてくれる。
そしてそれ以上に「自分のネタにあのパーソナリティはどんな受けコメントを出してくれるかな?」
というのを楽しみにしている。笑い声じゃないんよ、期待しているのは。

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